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伊勢遷宮と宇宙テクノロジー

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こないだ人生3度目の伊勢に行った。

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多くの人は、「お社のあるほう」だけにお参りするけど、わたしが魅せられるのはいつもこの「何もないほう」だ。
何もないとはいえ、必ずちょこんと佇んでいるミニミニお社。
留守宅を健気に守る小さい子、のような気がして、いつも心を寄せている。

そしてわたしは「なぜなぜちゃん」だから、これが一体なんなのか、遷宮の本当の本当の意味はなんなのか、そもそも伊勢ってなんなのか、知りたくて知りたくて仕方がない。
しかし誰もわたしに納得のいく説明をくれる者はいない。今後もいないだろう。

 

で、今回、なんとなく、というか突然。

ひらめいた。

というより降りてきた。

 

この場所(何もないほう)はもしかして、蓄電池みたいなものなんじゃないか。
伊勢では必ず敷いてある二色の石。なぜ二色なくてはいけないのか。
白と黒、それは陰陽なんじゃないか。プラスとマイナス。両者合わさってエネルギーが発生する。
だからここには本当に「何もない」と見せかけてすべてのエネルギーがあるんじゃないか。

すべてのエネルギーがここに「ある」、という前提で考えれば、逆にもうヨーロッパ的な金や貴石や多色使いでエネルギーを呼ぶ(というか、あれはむしろ呼ぶより払っている、防御している感じがする)必要はないわけだから、伊勢がバチカンとは対極的な「無装飾の世界」であることは超納得できる。

 

で、「二つある」ことの意味、といえば遷宮がまさしくそれで、「お社あり」&「お社なし」の二つはまさに陰陽、プラスとマイナスってことなんじゃないか。
そして、その二つを定期的に入れ替えることで常に中庸を保つことができる。究極のリフレッシュだ!

だいたい、「お社あり」にはものすごい数の人々がお参りする。
人間の念というものはそもそも「重い」ものであって(「重い」から「思い」なんじゃないか、ってのもひらめいた)、お社ありの方はどんどん気がよどんでいき、村式でお世話になっているドルフィン先生言うところの振動数が乱された状態、になるんだと思う。
20年も経てばもう大変な重さになっているだろう。
その間、隣の遊休地(お社なし)は重かったエネルギーをどんどん浄化して軽くなっていくのだろう。
そして20年かけてその両者をバランスさせていく。

本来、宇宙のエネルギーは軽いものであって、人間のそれは重いらしいから、ここにあえて人間にお参りさせることでギャップを作り出し、エネルギーを干渉させることで修正力を働かせる仕組みだってことなんじゃないの?

で、あのミニミニお社の中(の地中)にある天御柱(心御柱)というのは、読んで字のごとく、天(宇宙)からのエネルギーを地中に通す役割なんじゃないの?

それで、天御柱だけは、どんな神官でさえも「誰も見てはいけない」ものだっていうのは、
量子力学で言うところの、「観察することによって状態が変わる」からなんじゃないの?
誰も見ないことによって、純粋なエネルギーが流れている状態を保たなきゃいけない、ということであれば超納得できる。

 

わお!これまでドルフィン先生の言ってたことが、なんだか急にものすごい勢いでリアリティを帯びてきた。
まさにセレンディピティ!
しかもドルフィン先生って三重の出身で、折しも伊勢に向かう新幹線の中で、先生からメールもらって思い出したんですよねー。

三度目の正直というが、伊勢三度目にしてなんだか急にわかった気がした。
(でも断っておきますがこれは「りーかお総研」ですので、「正しい認識」について議論する気はございません)

 

それにしても、

何もないと見せかけてすべてある。

ああ、なんてかっこいいんだろう。

 

日本とは、何もない空間に対して頭を下げる国。見えない対象に敬意を払う国。

すでにすべてはそこにある。
邪念を排して進めば絶対に与えられる。
目に見えることしか信じられない人には一生わからないと思いますが、お先に失礼!という感じでございます。

 

では、失礼します。

 

 

 

 

 

 

 

この記事を書いた人

村式広報部
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