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あるWEBエンジニア10年の軌跡

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これから村式でエンジニアとして参加してみたいという方の参考に、僕の体験を書きます。ここにはいろんなタイプのエンジニアがいるので、その一例として読んでいただければと思います。

起業前

math

大学/大学院では他の人が選ばなかった暗号をテーマにした。数学の分野の中でも最も美しく難解な整数論の世界に足を踏み入れた。それまで自分は数学が得意だと思っていたが、歴史上の数学の天才達の世界はレベルが違いすぎた。こんなにも難解な世界があるのかという驚きと、巨大な山を少しずつでも登っている実感に興奮した。死ぬほど難解な論文を読み漁ったり、数学科のゼミにモグったりして結構まじめに勉強した。

DNPに入社し、専攻を活かせるそれ系の部署に配属される。Suicaにも使われているSONYのFeliCaというICカードに関わる開発業務に携わる。当時は社内でFeliCaがわかる人がいなかったので一人でSONYに通って勉強した。入社そこそこで設計の要を任されたのがうれしかった。このときも結構まじめに勉強した。

村式初期 2006~

manyou

趣味でPhotoshopやWEBの開発を多少やってたのでホームページくらいなら作れるかということで住吉と事業を始める。はじめは趣味の延長でWEBのスキルを上げつつホームページやちょっとしたシステムを作ったりしていた。

ある時クライアントから、これまでにないWEBサービスを作ろうという依頼をいただく。写メで二人分の写真を送って合成(モーフィング)する携帯サイトを作ることになった。某大手企業の顔認識プログラムを借り、処理高速化のためC言語で合成処理を作った。Cも画像処理もほとんどやったことがなかったが、これまで超えてきた壁に比べればそれほど難しくなかった。

寺子屋の事業をやっている中で和歌にハマる。和歌は心という不定のものを言葉にして定着させられるテクノロジーだと解釈した。感動を記録し、共有でき、時代を超えて再生できる。1000年前の人が感じたことを自分の中で再生できる超テクノロジー。31文字の定型に従い日本語という言語で書くと、不思議と本当に感じたことしか書けない。仕組みは謎だがそういうことなのだろう。この頃から科学では解明できないテクノロジーの可能性に目を向けるようになる。万葉集の時代の人々の豊かすぎる感性に触れ、自分の感性も磨かれた。

2010くらい~

kv-jobs

目に見えない世界や自然界、生命とWEBを繋げたいと考えはじめる。気象庁のデータなどを使ってリアルタイムの気候と連動したコンテンツを作った。おそらく世界でも例を見ない試みだったのではないかと思う。しばらく自社サイトに設置していたが、なぜかこれが気になる人が多く「あれは何ですか」とよく聞かれた。自然とWEBが同期することで観測者の心のどこかに不思議な力が作用してるのだとしたら成功だと思う。

iichiの立上げと開発に携わる。ヴィジョンや思い、願いといった不定のものを正確に形にしてくのに和歌の修行が役に立った。当時まだ少なかったCtoCのプラットフォーム。満足いくパッケージソフトがなかったので一から作ることにした。大学時代からの友人でもある平井と阿吽の呼吸で開発するのは楽しかった。村式ではいくつものサイトを作ってきたが、一つのサービスを丹精込めて育て続けるというのもまた違った面白みがある。また、ベンチャーとして活気あるチームを作っていくことにも意識的に力を注いだ。何度もぶつかり合ったし、うまくいかない時もあったけど心の通じ合ういいチームになった。

村式の仕事の流儀の特徴として、お客さんやパートナーとも良いチームを作ることを重視する点が挙げられる。その事業の目的や意義を深いところまで掘り下げ、全員で共有することから仕事が始まる。時にはお客さんと合宿をしてじっくりそこに向き合うこともある。良いチームができると、仕事を依頼された側も自分の仕事として真剣に考えて行動するようになる。そのほうが互いに良い結果が得られることは想像に難くないだろう。

2013くらい~

buddha

iichiが無事軌道に乗り、村式に戻る。奇人オキタと共に「日本のヤバいものをもっとヤバくする」をテーマに、クレイジージャパンという事業を始めた。人が乗れる大仏ロボットは作れないかと技術者を探したり、販促用の3DCG映像を作ったりした。

この頃村式はECサイトの構築に力を入れていた。ECサイトを作るだけでは成果が出ないということで、ブランディングやマーケティング、効果測定などの業務にも力を入れ始める。エンジニアだった自分にとってはこれもまた体験したことのない分野だったが、iichiでの経験を生かして身に着けていった。仲間たちと一生懸命作ったものが効果を上げていくのを見るのはまた新しい喜びとなった。

住吉が突然「会社で鯉を飼おう」と言い出した。それをきっかけに、観賞魚としての鯉の魅力をテクノロジーで増幅するピースアクアリウムプロジェクトが始まる。中でも自分は人と鯉、種を超えたコミュニケーションの可能性について研究を始める。計測のためにWEBの世界では使われない様々な技術を勉強したり、生物化学の分野にも触手を伸ばした。訳あってこのプロジェクトは今のところ休止中だが、これからも続けていきたい。

そして今

村式では自社事業として全く新しい貿易プラットフォームの開発に取り組んでいる。世界初、仮想通貨を利用した国際間取引ができるプラットフォームだ。それに伴い、最近ではブロックチェーン技術や貿易業務の知識が必要になった。

改めてこの10年を振り返ってみると、大きいものから小さいものまでチャレンジの連続だったと思う。もはや1年後ですら何をやってるか想像できない。そんな話にわくわくしちゃう方、村式がおすすめです。

この記事を書いた人

中川尚(メガネ)

東京生まれ。幼少期はサウジアラビアで世界各国の友人と過ごす。 早稲田大学・大学院では暗号の研究に従事。情報セキュリティの職を経て村式創業に参画。自然、宇宙、日本文化、音楽、芸術、数学、仏教、神道、テクノロジーなど人智を超えてそうなものに興味がある。 夜更けになると鎌倉の裏通りに繰り出し、地元の怪しい仲間たちと酒を酌み交わしている。

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