こんにちは、ミバです。
先日、Slush Tokyoという世界最大級のスタートアップイベントにボランティアとして参加してきました。
そこでの登壇者のお話が非常に興味深かったので、今日はそれを紹介しようと思います。
「ダイバーシティを推進することと、ダイバーシティを買うことは全く違う。」
それはダイバーシティのお話。
その登壇者の方は国境を超えた自由な働き方ができればいいと思い、グローバルな人材紹介会社を設立したそうなのですが、先日アメリカの企業から
「黒人の女性を紹介してほしい。」
と頼まれたそう。そこでなぜか尋ねると、
「ダイバーシティを推進したいから。」
と答えたそうです。
これは珍しい話ではないそうで、彼女は加えてこう言いました。
「ダイバーシティを推進することと、ダイバーシティを買うことは全く違う。」
ダイバーシティの推進とは?
“ダイバーシティの推進”
ここ最近で非常に耳にするようになった言葉だと思います。
ダイバーシティとはそもそも“多様性”という意味で、人種や性別、セクシャリティ、価値観などの様々な違いのことです。
今まで、企業では“違っていること”は歓迎されていませんでした。
たとえ、その人がどんな素晴らしいアイディアや技術を持とうとも、その人の見た目や肩書きがマジョリティに属さないという理由だけで、受け入れられず、その優秀な素質は無駄になってきました。
そして、ダイバーシティの推進とは、その見た目や肩書きなど、その人の外面で評価をするのではなく、技術やアイディア、個性など、内面を見て評価するように変えていくということだと思います。
というか、そうすることによって、自然にダイバーシティは推進されていきますよね。
つまり、ダイバーシティの推進とは“過程”であって、“目的”ではいないんです。
ダイバーシティを推進するという過程を踏むことで、企業はより良い人材を確保することができ、自分たちの事業を成長させることができるだけでなく、多様な視点・考え方を持つことができます。
同時に、優れた技術やアイディアを持つ人がそれらを無駄にすることなく、最大限に発揮することができますし、自分たちの声が社会に届けやすくなります。
だから、「ダイバーシティの推進」って双方にメリットがある、非常に素敵なことだと思うんです。
ダイバーシティの推進でなく、むしろ、後退ではないか?
さて、それでは先ほどの冒頭のエピソードに戻りたいと思います。
私はこの話を聞いて、これはダイバーシティの推進ではなく、むしろ後退であると感じました。
なぜなら、このアメリカの企業は、「その人の“外面”しか見ていません。」と言っているのと全く同じだからです。
その人種の人が欲しい、ダイバーシティを推進するため。
その性別の人が欲しい、ダイバーシティを推進するため。
これ、めっちゃ馬鹿げていると思いませんか?
だって、あなたが達成したい目標は、事業を成長させることでしょ?
そのためにいい人材が欲しいんでしょ?
完全に目的とずれていませんか?
結局、内面を評価することはされずに、外面だけで判断してしまっているのです。
給料というお金でそのダイバーシティを買っているのです。
これでは今までとは何も変わりません。
でも、これはアメリカに限った話ではなく、日本でも起こっていると思います。
ダイバーシティってカッコいいことなの?
「ダイバーシティ推進のために、外国人を積極的に採用しています!」
「女性も活躍できる職場です!積極的に採用中!」
よく、こんな謳い文句を目にします。
でも、私には
「積極的に社会的に弱い立場の人を救ってあげています!」
とか、
「かわった人を採用するの、イケてるでしょ?」
「外国人います!グローバル!かっこいい!」
と思っているのかな?としか思えません。
目的から大きく外れていませんか?
ダイバーシティはカッコいいのでしょうか?だから推進するものなのでしょうか?
一番の目的は、自分たちのビジョンを達成すること。
私たち村式もダイバーシティの推進に取り組んでいます。
それは私たちには、未来に喜びを増やしたいというビジョンがあり、その達成のために、優秀な人材が必要だからです。
決して、ダイバーシティを推進することが社会慈善活動だからとか、ダイバーシティがかっこいいと思っているからではありません。
正直、何人であろうが、ママだろうが、他にも夢があろうが、なんだろうが、関係ない。
一番はビジョン達成のための冒険を一緒にしていきたいと思えるかです。
長くなりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました!