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1000年先の技術を考える「石と語らい月と歌う超未来のテクノロジー」


エンジニアの中川です。

今回は技術者として、テクノロジーの未来について考えてみました。10年とか20年後のテクノロジーについてはよく語られるので、思い切って1000年、一万年くらいのスケールでまいりましょう。

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[CC BY-SA 4.0], via Wikimedia Commons

類人猿の時代から、人類社会は何度かテクノロジーの発明による大きな発展を遂げてきました。その第一は石器の発明でしょう。石器を使うことで狩りや他種族との戦闘に一気に有利になりました。石器は固い木の実を割ったり毛皮を加工したり木を打ち倒したりすることにも役立ち、人類の生活は劇的に変化しました。火を扱う技術を得たことはさらなるブレイクスルーを生み出しました。食物を調理し、寒さから身を守り、夜間の活動が可能になりました。それから一気に時代を飛ばして、コンパス、印刷技術、蒸気機関、電気、コンピューター、インターネットといった革新的なテクノロジーが人類の生活を大きく変化させてきました。

次にくるパラダイムシフトはなにか。未来学者はテクノロジーが指数関数的な速さで発達し、2045年にはシンギュラリティ(技術的特異点)に到達し、人類の生活を一変させると予測しています。

ただ、今予想されている未来は石器の発明から始まった旧来のテクノロジーの延長線上に過ぎず、終焉へ向かって収束しつつあると思います。僕が夢想するのはその先に起こるさらなるパラダイムシフトについてです。旧来のテクノロジーは、厳しい自然の摂理に対抗し、人類を危機から遠ざけ、いかに生活を豊かにするかということを目標にしてきました。

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“Countdown to Singularity”

一方で、自然と調和し人の心を豊かにすることに対してテクノロジーの貢献は大きくありませんでした。未来のテクノロジーを考えるにあたって、僕はここに着目します。
旧来のテクノロジーの進歩が限界に近づく中、そうした方向に目標を置くテクノロジーの系譜が生まれ育っていくのが自然な流れなのではないかと思います。これから数十年の間にそうした方向性の技術革新が起こると予想します。

そんな中、僕が注目しているのは人間の感覚の拡張です。現代人は外界を感知するセンサーをほぼ視覚と聴覚と触覚に頼っています。実際はセンサーの種類はもっと多く、微弱電流や磁気を感じ取る能力があるとも言われています。第六感どころか第十感、第二十感もあるかも知れません。動物界の例で言えば、マムシは赤外線を感知して獲物の体温を感じ取り、渡り鳥は地磁気を感知して帰巣するそうです。同じ聴覚でもコウモリは超音波を感知し、嗅覚で言えば犬は人間の数万~数百万倍あると言われています。

自然との接点が減り文明社会に順応した現代人はこれらのセンサーの感度が鈍っているのではないかと考えます。もっと自然の脅威が身近だった頃、人類はもっと外界の変化に敏感で、それを感じ取る力が生命維持に切実に必要だったはずです。古代人は我々よりもセンサーの感度が優れていたことでしょう。さらに言えば、古代にシャーマンと呼ばれていた人たちはその中でもさらに高い感度を持っていたかもしれません。科学的な知識もあったでしょうが、微妙な湿度の変化を感じて雨を予測したり、地磁気の変化を感じ取って地震を予知したりできたとしても不思議ではありません。

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Driftwood fire by Mike Fernwood

磁気や赤外線や超音波を感知するセンサー類、装置はすでにたくさん存在していますが、人間がそれらを操作して測定することと、あらかじめそういう能力が人間に備わっていてそれらを感じることはまったく異なります。磁気や超音波を感じ取れるようになったら日常生活はどう変わるでしょうか。人間の脳はまだ使える余地があります。感じ取れる情報量が少々増えても十分処理できるでしょう。

一年ほど前に、ラットに磁気感覚を付与する東大大学院の研究成果が発表されました。それによると、ラットは磁気感覚をマスターして迷路を解けるようになったそうです。人類が新しい感覚を得てそれらを日常的に脳で処理できるようになったとき、どんなことが起こるのかは想像もつきません。世界がまったく違って見えるようになることは確実です。先述の研究を発表した池谷教授は言います。「おそらく人は脳の全てを使えているわけではない。それは人の身体の感覚器が足りないためで、本当の知覚の世界はもっと“カラフル”なものに違いない」と。

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By NASA/U.S. Forest Service [Public domain], via Wikimedia Commons

眼鏡をかけて視力を向上させるように、簡単な道具やちょっとした施術で新しい感覚を手に入れられる時代が来るかもしれません。そんな生活を100年も続ければ今の常識からは想像も付かない発見が生まれ、とてつもない発明に繋がることでしょう。石と語らい風と踊り月と歌う、なんてことが本当に起こるかもしれません。

最後に、長々と書いてきましたが人類が自然と調和するには感覚の拡張では足りません。より多く受け取った情報をどう処理しどう捉えるか。感性を鍛える必要があります。この話はまた同じくらい長くなるのでまたの機会に。

それにしても1000年後が楽しみですね。

この記事を書いた人

中川尚(メガネ)

東京生まれ。幼少期はサウジアラビアで世界各国の友人と過ごす。 早稲田大学・大学院では暗号の研究に従事。情報セキュリティの職を経て村式創業に参画。自然、宇宙、日本文化、音楽、芸術、数学、仏教、神道、テクノロジーなど人智を超えてそうなものに興味がある。 夜更けになると鎌倉の裏通りに繰り出し、地元の怪しい仲間たちと酒を酌み交わしている。

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